映画「待合室」
ストーリー
             
   山間にある寒村。過疎がすすみ、若者の姿はほとんどなく、冬になれば寒さが厳しく、
深い雪に閉ざされる町……。
 そんな町に全国各地から、自転車や徒歩、ヒッチハイクなどで来た旅人が立ち寄って、
駅の待合室に置かれた命のノートを開いてゆく。そこには、以前にここを訪れた旅人の心の叫びが記してあり、自らも、抱えている悩みや苦しみを書き残してゆく者も少なくはない。
 『何をやってもうまくいかない。生きてゆく勇気がなくなった……』
 『仕事につけず、放浪の旅を続けて、ロープで首を吊ろうとしたが失敗した』
 『会社に入社して半月。仕事に馴染めず、無断欠勤して、旅をつづけています』
そうした書き込みに、励ましの返事を書き続けているのが、駅前で酒屋を経営している夏井和代だ。
 『どんなに辛い事があっても一生懸命に生きて下さい。いつか必ずいいことがありますから』
 
 
 和代は、四十数年前に遠野から嫁いできた。当時、店は客で賑わい、みんなで明るい未来を語り合った。だが、大きく変化する時代に取り残され、昔のままの姿をとどめながら、町はさびれてゆき、やがて夏代は最愛の夫と娘を病魔と事故で失う。生きてゆく希望を失いつつも、和代は一生懸命に生きていればいつか必ずいい事があると自らを奮い立たせ、時折、楽しく過ごした夫と娘との生活を思い出しながら、笑顔を絶やさずに日々を送ってきた。さらに、和代は一人旅をしている若者の無事を案じ、おにぎりや果物を差し入れる。深くお礼を言う旅人に和代は明るく答える。
 「気にしなぐてええがら。あたり前ぇのごとしてるだけなんだもの」そのような和代を東北のお母さんと慕って、何度もこの町を訪れる若者もいる。また、結婚の報告や就職の報告をして来る者もいる。
 大雪が降り注ぐある日、国道を歩いて来た浩一が待合室で野宿した。和代はいつものように、おにぎりと温かいお茶を差し入れた。翌日、浩一はノートに次のような事を書き残して旅立った。
 妻と娘に死なれ、静岡から死ぬために歩いて来ました……。
 和代は、どこか亡き夫に似ている浩一の安否を気にしつつ、自分には何もできないと分かっていながら、励ましの言葉をつづるのだった。
 



 
             
 


 

 さらに和代が気にかけていたのは、地元に住む晶子だった。多感な年頃の晶子は和代に反発するかのように、匿名で、こんな町で一生懸命に生きていればいい事があるなんて信じられませんと、ノートに書く。和代はそれが晶子のものだと知りつつも返事を書く事ができなかった。自分の娘のように幼いころから可愛がってきた晶子に、いい加減な事など言えなかったからだ。雪に閉ざされた何も無いこの町に、若者がどうして希望を見いだせるのか……。
 さらに、親しく付き合っていた近所の旦那が病に倒れた。また一人、この町から消えてゆく……。
 沈む和代に追い打ちをかけるように、ある日、待合室から忽然と命のノートが消えた。 張り合いを失って愕然とする和代は、強烈な孤独感と、忍び寄る老いを感じ、胸中に望郷の思いを膨らませる。独り暮らしをしている母に会おう……。
 翌日、和代を落ち込ませた原因は自分にもあると感じた晶子は様子を見にいくが、店は臨時休業していた。だが、玄関先で雪かきをしている一人の男の姿があった。それは、死ぬために歩くとノートに書き残していった浩一だった。
 遠野に里帰りした和代に対して、娘の心情を見透かしていたように母は言い放った。
 直ぐに帰って、店を開けるんだよ……。
 その言葉の奥には冷たさよりも、孤独と老いと正面から立ち向かって生きている母の毅然とした態度が滲んでいた。己の甘さを悟った和代が夜遅く無人の待合室に帰ると、冷えきった体と心を温めてくれたのは、和代が気にかけていた晶子と浩一からの思いもよらぬ置き土産だった。それは、何年も励ましの返事を書き続けた和代への、二人からの何よりもの心のプレゼントだった……。

 
     
     
 


 
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