さらに和代が気にかけていたのは、地元に住む晶子だった。多感な年頃の晶子は和代に反発するかのように、匿名で、こんな町で一生懸命に生きていればいい事があるなんて信じられませんと、ノートに書く。和代はそれが晶子のものだと知りつつも返事を書く事ができなかった。自分の娘のように幼いころから可愛がってきた晶子に、いい加減な事など言えなかったからだ。雪に閉ざされた何も無いこの町に、若者がどうして希望を見いだせるのか……。
さらに、親しく付き合っていた近所の旦那が病に倒れた。また一人、この町から消えてゆく……。
沈む和代に追い打ちをかけるように、ある日、待合室から忽然と命のノートが消えた。 張り合いを失って愕然とする和代は、強烈な孤独感と、忍び寄る老いを感じ、胸中に望郷の思いを膨らませる。独り暮らしをしている母に会おう……。
翌日、和代を落ち込ませた原因は自分にもあると感じた晶子は様子を見にいくが、店は臨時休業していた。だが、玄関先で雪かきをしている一人の男の姿があった。それは、死ぬために歩くとノートに書き残していった浩一だった。
遠野に里帰りした和代に対して、娘の心情を見透かしていたように母は言い放った。
直ぐに帰って、店を開けるんだよ……。
その言葉の奥には冷たさよりも、孤独と老いと正面から立ち向かって生きている母の毅然とした態度が滲んでいた。己の甘さを悟った和代が夜遅く無人の待合室に帰ると、冷えきった体と心を温めてくれたのは、和代が気にかけていた晶子と浩一からの思いもよらぬ置き土産だった。それは、何年も励ましの返事を書き続けた和代への、二人からの何よりもの心のプレゼントだった……。
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